夜散歩のススメ

【夜散歩のススメ5ヶ条 :上野タケシ】         01、心の余裕、頭の整理ために歩くべし。         02、なるべく距離を長く歩くべし。            03、昼間と違う世界を見るべし。              04、光を見て、影を見るべし。              05、少しわからない異空間を歩くべし。

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葛飾区立石の地名の由来となった奇石「立石様」実は小さい。江戸時代はもっと高く、根を掘り災いが起きたなどの伝説も。のちに病気に効く信仰、戦争時の弾よけお守りや地盤沈下で、現在は数センチの高さ。石にはそれでも歴史や何かがやどる。参道の鳥居とセットで美しかった。

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(住所:東京都葛飾区立石8丁目37−19近辺)

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徳石公園近くの前谷津川暗渠、立体交差で道路の下を潜る。そのトンネルの東側、西側をみる。トンネル照明の位置の違い、その先の街灯の具合で全然違ってみえる。風景はそんなに変わらないのに、トンネルをくぐると世界もかわるようだ。

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(住所:東京都板橋区徳丸5丁目1-3近辺)

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多摩川の河岸段丘である府中崖線の北側に広がる、武蔵野台地立川面という台地上にたつ、武蔵府中熊野神社古墳。夜は周辺の建物静かに見えて、地形と古墳との対話がみえてきそう。

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(住所:東京都府中市西府町2丁目9−5近辺)

武蔵府中熊野神社古墳:7世紀中頃~7世紀後半の三段の上円下方墳。方形状の堀がもあった。石室は横穴式で前室、後室、玄室の3区画に別れていた。古墳と神社は直接的な関係はないものと見られている。最近まで古墳であるかどうかの確証がなかった。

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京成立石駅の北側、再開発地域エリア。何時までもつのか・・・。オモシロイ建物、路地、曲り道、スナック街、店舗とそれぞれ魅力的。

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(住所: 東京都葛飾区立石4丁目26周辺)

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浅川が削った河岸段丘側の段差から、反対側の多摩丘陵をみる。日野市からの多摩丘陵の景観は、もう少し下流と少し違って、いい感じの山に見える。住宅とのバランスも違い、少し牧歌的な雰囲気がいい。10m前後の高低差だがいい風景がみられる。

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(住所:東京都日野市東豊田1丁目53−5、4丁目10−21近辺)

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富岡八幡宮の脇にある末社、七渡弁天社と弁天池。石積みの池に弁天島がある。朱色の橋がメインと脇の2つある。細長い池に長手のアプローチと雰囲気がいい。

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(住所:東京都江東区富岡1丁目20−1近辺)

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蛇行する中川の周辺には多い。氾濫とか水の事故が多かったからか。この奥戸馬頭地蔵尊の敷地、三角地での残され方がオモシロイ。こうなると象徴的になる。

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(住所:東京都葛飾区奥戸1丁目16-9近辺)

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震災復興事業で建設された食堂だった東京市深川食堂。1945頃改修の後、2009年に深川東京モダン館に。2階南面の水平に連続するスチールサッシュ窓は当初の姿にもどしたようだ。台形平面プランの鈍角コーナーで正面とサイド面が両方見えて、6つの丸穴が綺麗。丸穴だけ光っていたので、その他が光ると印象は変わるだろうな。

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(住所:東京都江東区門前仲町1丁目19−15近辺)

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上板橋駅の南側、一本いった脇細道路地。トタン二ズム壁に惹かれて、反対側のお店の照明もいい感じに路地だ。反対側からは三角店舗の角の窓影が美しい。

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(住所:東京都板橋区上板橋1丁目26−9近辺)

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八王子駅北口ロータリー広場に面するビル、第1ロダンビルと八王子ツインタワーA館の間にビル間抜道がある。近くに通れるところがないので、かなりの人が利用する。チケット屋の派手な看板、自販機、配管、店看板の乱立ぷりが凄い。なぜかこのビル間抜道に惹かれる。

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(住所:東京都八王子市旭町2−6近辺)

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八王子の繁華街、中町、三崎町で気になった3つの街角建物。それぞれ時代もエリアも改装具合も違うが、街角という特異ポイントで目立ち方も違っていた。

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(住所:東京都八王子市中町9−5、中町7−4、三崎町2−13 近辺)

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住宅街を調和して流れている日野用水。用水を跨ぐ個人所有の橋も、レンガ調の太鼓橋、石調の太鼓橋とユニーク。塀、門、大きな民家と繋がる姿もいい用水路。

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(住所:東京都日野市東豊田近辺)

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酉の市の日に行けず、終わったあとの参道をみる。今年は三の酉まであり、その途中の参道の状況。屋台の中身もなく人もいないが、屋台の骨組みがよくみえて逆に面白くもみえる。

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(住所:東京都江東区富岡1丁目23-13近辺)

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旧遊廓地だった八王子田町、今は不思議な大通りと古い建物が少しのこるところ。その大通りに奥まって面する民家を改装して営業しているカキノキテラス。引き込むアプローチ空間もいい。何よりも横から、万年塀の穴の光の漏れ、通りや街に対して潤いを与える灯りだ。

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(住所:東京都八王子市田町5−1近辺)

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甲州街道の宿場町、近代は生糸産業で栄えた八王子。甲州街道沿いにあった遊里が、明治30年の大火で浅川近くの田んぼのなかに集められた。ここ八王子田町は今は大通りと両側に幾つかそれらしい不思議な建物がある。東京の遊郭で戦災を免れたのは、千住、品川とここ八王子田町で貴重ではあるが、だんだん少なくなっている。

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(住所:東京都八王子市田町5−1近辺)

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駅から離れた場所、周囲は住宅だけじゃなくて少し畑もある清瀬市役所。建て替えのようだが、70年代の庁舎建築らしい、立体的な構成の建物。4階が一番出ていて柱や壁で支える、斜めの所はホールか会議場か色んな要素も合体している。

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手前のバス停留場の屋根も美しく見えた。(住所: 東京都清瀬市中里5丁目842近辺)

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Y字路にたつ丸正酒店。台地から右側は柳瀬川の低地に下がってゆく。左への道と酒店が境界をつくっている。右道は川の低地とその先の台地へと空間がひろがる。(住所:東京都清瀬市中里4丁目854近辺)

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夜の1,2階の灯りで三階バルコニーが面白く見える和楽ビル。腰壁付の曲面バルコニーが連続、光の具合で斜めに見えて、モコモコしていて有機的で面白い。(住所: 東京都江東区富岡1丁目14−15 近辺)

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黒塀通りの建物、表玄関があるので、裏玄関なのか・・・・。こっちの玄関のほうがいいぞ。建物の凹んだところにある玄関。床はまるでお庭のようだ。調べたたら「ゆき乃恵は八王子花柳界の新しい置屋」とあった。何かの行事に使う玄関?

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(住所:東京都八王子市中町9-6近辺)

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